ハマの新たな認知能力に関する研究論文が国際誌に掲載されました
2025年6月20日、ハマ(トド)の新たな認知能力に関する研究成果が、北欧の大手学術出版社であるSpringer Nature社が発行する専門誌『Animal Cognition』に掲載されました。
本研究は、麻布大学獣医学部の今野晃嗣先生との共同研究によるもので、2023年10月に開始し、2024年には日本動物心理学会にて成果の一部を口頭発表しました。論文執筆に際しては、査読の過程で2度のリジェクト(不採択)を経験しましたが、3度目の投稿で採択され、晴れて掲載に至りました。
・何が明らかになったのか?
この研究では、「Do as I do(私のマネをして)」と呼ばれる模倣トレーニングを通して、ハマが人の動作を正確に模倣できることが示されました。
これまで、人の動きを模倣できるとされてきたのは、鯨類・大型類人猿・犬・猫など限られた動物だけでした。今回の成果は、鰭脚類(ひれあしるい:アシカやトドなど)でも人の動作を模倣できることを世界で初めて証明した画期的な報告です。
・どのように調べたのか?
まず、いくつかの簡単な動作を使って、「トレーナーの動きを真似して」というルールをハマに教えました。そして、そのルールが他の動作にも応用できるかを検証しました。
・「真似をする」というルールはどう教えたのか?
最初は3種類の基本動作を使ってトレーニングを行いました。
- トレーナーが立ち上がる → ハマも立ち上がる
- トレーナーが舌を出す → ハマも舌を出す
- トレーナーが首を横に振る → ハマも首を振る
最初はジェスチャーなどのヒントを使って練習を重ね、最終的にはヒントなしでも同じ動作ができるようにしました。この過程を通して、「トレーナーのすることを真似して」=「Do as I do」のルールを理解してもらうことが目的です。
・本当に「真似する」力があるのか、どう確認したのか?
訓練した3つの動作以外にも応用できるかを試すため、これまで模倣練習に使っていない動作を用いてテストしました。これらの動作は、ハマがすでに別の方法で学習していたものですが、今回のトレーニング手法で教えたことはありません。
そのテストで、ハマはトレーナーの動きを即座に正確に模倣できました。つまり、限られたトレーニングから、「相手の動作を真似する」というルールを理解していたということになります。
・追加でわかったことは?
さらに驚くべきことに、ハマこれまで一度も教えたことのない、完全に新しい動作の模倣(2種類)を行うことができました。
また、トレーナーの動作が終わった後に真似をするという条件下でも正確に模倣できました。これには、動作を一度見た後に頭の中でイメージし、それを保持して再現する能力が求められます。これは人間が行う模倣に近く、「真の模倣(true imitation)」と呼ばれるものです。
・実験で苦労した点は?
模倣の成果が、「他のヒントによるものではないか?」という疑念を払拭するために、厳密な条件設定を行いました。
たとえば、模倣する動きを示した直後にトレーナーとハマの間にパーテーションを設置。その状態で「真似して」の合図を出すことで目線などの情報が伝わらないようにしました。
トレーナーとの距離が遠くなり、見慣れないパーテーションに慣れさせる訓練も必要で、難易度の高い環境での実験となりました。
それでもハマは、こうした条件下でも正確に模倣を行い、非常に信頼性の高いデータが得られました。
〇研究のハイライト(まとめ)
- 「模倣」は人間特有の高次な能力とされてきましたが、トドにも観察した動作を「マネする」というルールを学習し、実行できることが示されました。
- 異種(人)の動作を模倣するには、きわめて柔軟かつ高度な認知力が必要とされますが、ハマにそれが可能でした。
- 見た動作を記憶し、後から再現するには、動作のイメージを保持する高い認知機能が求められますが、ハマにそれが可能でした。
- 視覚情報を遮断した状態でも模倣が可能だったことは、「Do as I do」研究史上、最も厳密にコントロールされた実験の一つと評価されます。