ijo Vol.11
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ijo Vol.11

個性と向き合う

好奇心旺盛なのに怖がり。気に入らないことがあると舞台に出ない。怒られたらすねて姿を消す。シーランドスタジアムで上演されるイルカ・アシカショーには、わがままなお嬢様のようなキャストがいる。セイウチのそら、14歳の女の子。2005年の冬にやって来た。

初対面の人には自分からグイグイと近づくが、相手から近づこうとするとビックリする。舞台袖の控えプールから観客席前のステージに上がる瞬間、大きな雨音が聞こえるか、降りしきる雪を見ようものなら、ひょいっと身をひるがえして戻ってしまう。

そらの担当者が不在でも困らないよう、スタッフ全員が彼女とショーに出る練習を重ねる。初めのうちはスムーズにいくのに、なぜか、慣れた頃にまったく言うことを聞いてくれない時期が来る。新しいメンバーが必ず通る関門だ。一緒に遊ぶようなつもりで合図をするとうまくいくのだが、どうしても「しっかりコントロールしなければ」という気持ちが先走る。次の動物の出番までに舞台袖に戻さなければ他の動物に影響するので、思い通りに動いてくれないと苛立ってしまうこともある。しかし、焦れば焦るほど潜ったまま出てこなくなる。そんな時、別の飼育スタッフが「じゃあ、まぁ、帰ろうか」とフラットな状態で指示を出すと、スーッと戻ってくれる。

そらに限らず、水族館の海獣たちは、人間の感情を察知する能力が高い。顔に出していないつもりでも、「怒っていないよ」と言っても、本心を見透かしたような行動で返してくる。「そらは自由なんだ、こういう性格なのだ」と、しっかり腹に落とし込むことができればコミュニケーションがとれるようになる。結局は、扱う人間の問題なのだ。

気ままな性格のそらのおかげで良いこともある。スタッフのアドリブ力が飛躍的に伸びた。イルカ・アシカショーはストーリー仕立てになっており、不測の事態が起きたとき、セリフで繋げなければつじつまが合わなくなるからだ。プールに潜ったまま出てこなくなった時、「そらさん、どこですか?」と繰り返すばかりだった新人も、話をアレンジしたり、笑いに変えたりできるようになる。海獣も飼育スタッフも、一人(一頭)ずつ違うからおもしろい。個性と個性が組み合わさって、今日も一回限りのショーが繰り広げられる。

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