ijo Vol.14
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ijo Vol.14

相互理解から生まれた世界初

ごろん・バイバイ・ガラガラ……。50もの言葉を聞き分けることができるハマ。200kgを超す巨体が行き交うプールで、ひときわ目を引く才色兼備のトドである。トドは自然界でもコミュニケーションに声を使うが、ハマの音声弁別能力は研究者が「ギフテッド」と表現するほど突出している。

立証のための実験は2種類。目の前にいる人物とは別の飼育員が声だけで指示を出し、もう一つは、あらかじめ録音した音声をスピーカーから流すというものだった。身ぶり手ぶりを伴わないボイスサインであっても、トレーナーの目線や無意識の癖から動物が自然に学習し、条件付けている可能性があるからだ。サインを出す順番も自動生成したランダムな配列に従うなど、疑念につながる要素を排除し、複数の統計的な解析を経て論文にまとめた。そして、2022年、国際的な学術誌※への掲載により、世界初の発見として認められたのである。

動物心理学や比較認知学を扱う国際的な学術誌『International Journal of Comparative Psychology』に掲載された。受理されるためには、編集部による審査・専門研究者数名による査読をクリアする必要があり、新規性が重視される。掲載が受理されたことで世界初の発見と認定されたことになる。

最初にハマの能力に気づいたのは2014年に担当していた一人の飼育員だった。たまたま何かに気をとられ、ハンドサインなしで「敬礼」と言ってしまったのだが、ハマはいつものようにポーズを決めていた。個人研究としてボイスサインのトレーニングを開始し、翌年には11種類の聞き分けに成功。その後、歴代のトド担当チームが地道なトレーニングを重ねたことで、2019年には30種類、2021年には40種類と加速していった。

当園では動物の能力を紹介し、新しい刺激で心の健康を保つために様々なトレーニングを行っている。しかし、生きものはいつも飼育員の想像を越えていく。ハマは苦手な「逆立ち」の指示に対し、「これはどう?」と新しい動きを自ら生み出したのだ。トドのチームは型にはめるのではなく、〝ハマの提案を汲みとること〟を大切にしようと決めた。ハマがその時の気分でやりたいポーズをする「何やってもいいよ」や、二つのサインを同時に伝えるなど、お互いに楽しみながら、能力の探究を続けている。

言葉を理解し、反応しようとするハマ。それが求めたものとは違っても否定しない飼育員。互いを認め合う関係性と一方通行ではないコミュニケーションがあればこそ、数多くの言葉を覚えることができたのではないだろうか。

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