出産後3日間は、飼育スタッフが産室の隅に控え、24時間体制で見守る。その間、親子それぞれの様子を「ワッチノート」という行動観察ファイルに細かく記録し、有事の迅速な対応や今後の繁殖に備える。ゴマフアザラシの出産シーズンは1月から3月中旬にかけて。日和山海岸の冬は厳しい。2時間交替とはいえ、冷え込みは厳しく、夜中は眠気にもおそわれる。それでも、生まれたばかりの赤ちゃんの可愛らしさに癒され、時が早く過ぎるという。
4頭を産み育てた「くるみ」は推定27歳。当園きっての子育て上手だ。アザラシは一般的に、出産が近づくとお腹のふくらみの位置が下がったり食欲がなくなったりといった兆候があるが、くるみの様子はいつもと変わらず、担当者も驚くほどの安産だった。
しかし、初産から順調だったわけではなく、最初の2頭は大きくなれなかった。今でこそ穏やかな性格で、子どもが少しくらい離れても自由にさせておく余裕を見せるが、以前は赤ちゃんが少しでも動けばサッと近寄って守り、体重測定のために取り上げようとすると、「ギャアー!ギャアー!」と恐ろしい声で激しく威嚇しつづけた。
うまくいきはじめたのは2007年、ドングリ(オス)の誕生からである。親のストレスを軽減するため、毎日行っていた赤ちゃんの体重測定を5日間隔に減らし、産後4日目からは現場での見守りを廃止。その代わりにモニター観察と録画で授乳の回数をチェックし、生育の具合を確認した。これらの試みが功を奏したと思われる。
あずき(メス)が生まれた2010年には加齢による白内障を発症しており、視力の低下で神経質になるのではと心配したが、あずきの索乳(おっぱいを探す動き)を察知すると、自分でちょうどよいポジションにゴロンと横たわり、出づらくなると左右交互に体勢を変えるなど見事な授乳ぶりだった。生まれたばかりの赤ちゃんは目があまり見えていないので、くるみのように授乳が上手な母親の子の方が早く大きく育ちやすい。
その後も、2015年にきなこ(メス)、2019年にオス(名前は募集中)と続き、園内のゴマフアザラシの半数近くがくるみ一家となった。もちろん、くるみ自身の慣れによるところもあるが、担当者の技術と経験の蓄積、そして情熱が支えとなり、安定的な繁殖が続いている。